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凡人のくせによ

凡人ゆえの戦い方で幸せを手にしたい

人生を狂わす恐るべき一発逆転思想について

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人生一発逆転と一発逆転思想

 

人生一発逆転満塁ホームラン…時々そんな言葉を聞いたりする。

 

アメリカンドリームみたいなものなのか、宝くじで3億円当てるようなものなのか、おそらくはそういう博打的なニュアンスで言われているのだと思うけど、だけどそれに人生を掛けているなんて人はほとんどいないだろう。

 

ただそれでも、一発逆転的な思想を持っている人はけっこういるように思う。規模の大小に関わらず、これまで何も成し遂げていないけどいつか成功するんだ的な人が。

 

 

かつての自分もそうだった

 

何を隠そう自分もこの思想に憑りつかれて人生を狂わせた男の一人。今年になってようやく気付いた。この思想でだいぶ人生損してたなと。

 

振り返ってみると、中学生の頃にはもうこの思想に憑りつかれていた。小学生の時は勉強ができて学級委員も努めた自分だけど、そんな成功事例があったがために己に課すハードルやプライドが高く、人が驚くようなレベルよりで高い結果を出したいと考えていた。

 

そんな考えをこじらせた結果、中学から高校時代に詐欺商品を山ほど買うという事態を招いた。

 

blog.maroshim.com

 

 

一度落ちこぼれたというわけではないので、”一発逆転”という言葉は正確ではないけれど、勉強も運動もすげーできて顔もかっこよくなってモテモテになりたい。かわいい彼女を作って羨ましがられたい。俺はそれぐらいすげー奴なんだ、他の奴とは違うんだって思い上がっていた。

 

自分だけならまだしもお世話になった人にも迷惑をかけた

 

それで人生プラスになっていれば良いけれど、結局金を無駄にしただけでただただマイナス。それでも自分一人がマイナスな分にはまだマシだけど、これが人様に被害が及ぶようになるともう最悪。

 

最もひどかったのは、 社会人になってからだ。特に公務員を辞めた時が一番酷かった。表面上は円満な退職だったし、辞めたことに対する後悔は当時も今もない。でも当時は、辞めたことに後ろめたさもあって勝手に卑屈になっていた。

 

気を遣ってくれた同期や先輩からの連絡をことごとく無視して人を遠ざけてた。まだ仕事が決まらず無職で落ち込んでいた時期でもあったので、弱い自分、落ちぶれた自分を見せたくなかった。

 

それどころか、成功してもっと凄くなってからその姿も見せてやろうなどという傲慢さすらあった。相手は何も思ってないのに、本当にプライドが高くて自意識過剰だったと思う。

 

自分が思うほど他人は自分のことなんて考えていない

 

プライドが高い人は本当に要注意である。いつの日にかと成功を夢見て頑張ること自体には問題ない。だけど勝手に閉ざして他人を遠ざけて、関係自体を断ってしまうのは最悪だ。

 

そもそも自分が思うほど他人は自分のことなんて考えていないのだから。

 

それでも成功できればまだいいのかもしれないが、どつぼにはまって自殺に走ったらそれこそ最悪の道だ。

 

”一発逆転思想”で検索してみたら

 

この思想の危険性について言及している人は他にいないものかと探していたところ、経済学者、エコノミストである飯田泰之さんのブログに辿り着いた。

 

そのブログの一発逆転思想三題という記事が検索でヒットしたのだが、初めて読んだ時は衝撃を受けた。

 

正に俺のことだ!!

 

例えば、一年間引きこもる。

そのうちにかつての友だちや仲間はいろいろな経験をして、なかにはちょっとばかり成功を修めてしまっていたりする。以前の身内の輪に復活するに当たっては、せめて一年間の空白を埋めるだけの「手みやげ」的な経験や成長をもってのぞみたい。

でも、そんなものはない。準備が出来ていないからもう一年ひきこもる。

すると、次の年には「二年間の空白を埋めるだけのネタ」が必要になってしまう……実際には昔の友だちは「すごい成功」なんてなくても別に彼を受け入れてくれることが多いと思うんだけどなぁ。

 立ちすくみの少なからぬ理由がこの種の「自分でもうけたハードル」なんじゃないだろうか。劣等感を拭ってあまりある成功を収めるという一発逆転というのは、ドラマのネタとしては面白くても、現実の行動指針としてはあまりにもリスキーでしょう。

 僕自身には引きこもりや不登校の経験がないのでたいしたことは言えないけど、学者として似たような心情はしばしば経験する。いい年こいてろくな論文書いてない……昔の同期はどんどんジャーナル載っけてる。いまさら紀要じゃ自分のダメさを内外に広めることになるようにさえ感じる。

だからすっごいのを書いてやろうと構想する。でもしばらく書いてないと……とそんなん当然無理いうわけ。僕があまり褒められたレベルじゃない論文でも書いたり報告したりしてるのはこのループにはまりたくないからです。

 

 文脈はちょっと違うけど、これは古今をとわないことらしい。『徒然草』第一五〇段に、

 

能をつかんとする人、「よくせざらんほどは、なまじひに人に知られじ。うちうちよく習ひ得て、さし出でたらんこそ、いと心にくからめ」と常に言ふめれど、かく言ふ人、一芸も習ひ得ることなし。


意訳:

芸を身につけようとする人の多くが「上手に出来ないうちは,なまじ人に知られない方がいい.人知れず練習して準備してから颯爽とデビューすればかっこいいだろう」というけど,そんな人が芸を身につけたためしはない.

 

というのがあります.けっこうメンドイこともあるだろうけど,何でも良いからなんかやってみると意外とすっきりしたりするもんだぜ♪

 

 

こじらせてる人は必読である。

 

これを読むだけでも、少なくとも人生を狂わせることは回避できるように思う。

 

 

人生を狂わせた一発逆転思想の極み

 

一発逆転思想の悲惨さを最も顕著に表しているのが、2chでも話題になったこのブログ。

 

 

 

 

タイトルの時点でもう運営者の悲惨さを表しているのだが、初めて読んだ時には恐怖すら覚えた。プライドの塊でだいぶこじらせている。本当にどうしてここまでこじらせてしまったのか。

 

2011年7月にブログがスタートしたのだが、残念ながら2014年1月を最後に更新がストップしている。

 

運営者が今どうしているのか気になるところではあるが、反面教師という意味でこのブログは最高の教材だと思う。

 

こちらももちろん必読である。